志と野心の違い
昨日「万歩計」を初めて買った。500円だったので衝動買いしたんだけどね。それに何となく健康おたくっぽくて、いやだったから。でも足の状態もかなり良くなってきたことだし、やっぱり運動不足だから少し歩かないと。そう思い始めていた矢先だった。
でもって、夕方7時半すぎに気になって見てみた。ええ?まだ2,000歩も歩いていないじゃないか。それも昼休みに少しだけ散歩したんだけど……。とりあえずこのくらいしか歩いていないことはわかった。しばらくはグラフを付けてみようかな。
今日もカフェソフィアに立ち寄った。この中で「野心」と「志」についての話があって、僕の今まで持っていた一つの疑問が解けた。野心と志は頭の中では分かっているけど、曖昧な部分があってギリギリのところで違いがある。分かりやすく言うと、小説の読後感や映画を見終わった感じ方で、すーっと染みこんでくるものと、何か濁りが引っかかるような感じの違い。この濁った感じこそが野心にあるものなんだ。
野心:おのれ一代で何かを成し遂げようとする願望のこと。
志:おのれ一代では成し遂げ得ぬ素晴らしい何かを次の世代に託すること。
そのために伝承する方法は一つだけだ。説教をすることでも、書き物を残すことでもない。力を尽くして生きること、その「後姿」を通じてでしか、ない。そして「礎(いしずえ)」になろうとする覚悟だと。
この言葉を聞いて、自分の中に「野心」というものがなかったか。そしてこれからの僕自身の「志」のあり方について、もう一度考えてみようと思う。
それにしてもだ。このことを思うに、最近のあの話題になっているIT企業の社長はどうだろう? もう一度持っている著書の2冊を読んでみた。う〜〜〜ん。野心だろうなあ……。そして。野心の何が悪い?という言葉が出てきそうな人だなあ……。
それ以前に、彼のやり方にずっと何かひっかかる「濁り」を感じているのは僕だけでしょうか? (もちろん対する人放送局の人たちは問題外です。)
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